2019年05月07日

IT時代の新しい哲学と教育について 4564

昨日は市民相談対応の後、本棚の整理と断捨離。地元での会合。連休中、どの紙面を見ましても「IT」という言葉を見ない日はありませんでした。政治、行政、経済、教育等々、そういう流れであることはわかりますが、「人間のための技術」が「効率化の奴隷」になりはしないかと気になることがあります。教育分野でも、何のために優秀な人材を作るのか。何をもって優秀とするのか、と首をかしげたくなることがあるのですが、利己的な心を育て、格差を広げるための教育であるなら、それは間違いなのだと思います。「強いものが勝つ」という言葉の先に、「弱い人を守る」という行動があってこそ健全な社会なのだと思いますし、そのための教育だと思います。「私たち人間を壊すものは7つある。「理念なき政治」「労働なき富」「良心なき快楽」「人格なき学識」「道徳なき商業」「人間性なき科学」「献身なき信仰」」とはマハトマ・ガンジーの言葉。

少し前になりますが、先日、日経新聞コラム「大機小機」が「IT時代の新しい哲学と教育」と題して記していました。

「米国ではトランプ大統領のロシア疑惑に関するモラー特別検察官の報告書の全面開示を巡る争いが続いている。一連の流れで明らかになったのは、米国の大統領選挙のような場面でも情報機器を利用したフェイクニュースなどによって、その帰趨(きすう)を左右できる世界に我々が住んでいるということだ。

わが国で最近起こるようになったバイトテロも、情報機器を利用したとんでもない情報発信によって、顧客からの信用が一夜にして失墜してしまう世界に我々が住んでいることを示している。

現代は人間によって作り出された科学技術が、道具、つまり手段という性格を失うことなしに、当たり前の環境へと変化した時代だ。科学技術は今や我々の新しい環境、第2の環境になって、大きな利便性と同時に大災害をももたらすようになっている。そのような世界で人間がより善く生きていくためには新しい哲学が必要だとしたのが、哲学者の故・今道友信氏だった。

我々は自動販売機や自動サービス機に取り囲まれた生活をするようになって、感謝の言葉を必要としなくなった。その結果、このままでは感謝の念を全く持たない世代が登場してくる。伝統的な人間関係が希薄化した世代が登場してくる。今道氏は、そのような世界では、新たな徳目が必要になってくるという。

哲学は人々が今日を「善く生きる」ためのもので、その教える徳目には正義や節制といった伝統的なものがある。だが、それに加えて新たな情報倫理の徳目が必要だという。実は説明責任という時の「責任」という徳目も、経済学の祖とされるアダム・スミスが活躍する近代になって生まれた徳目で、新しい時代には新しい徳目が必要なのだ。

IT(情報技術)の進歩による情報機器の発達は、おのれを隠し通して人々を脅迫し、あるいは不特定多数に向けた許されない謀(はかりごと)を可能にした。そのような行為に対しては政府による規制も考えられるが、今道氏は、まずは新たな教育が必要だという。自己の行為は歴史的事実として世界に刻印されることを意識させる教育。バーチャルな情報空間で過去をリセットするような行為は現実の世界ではありえないことを情報倫理の前提として意識させるといった教育だ。」

「旅の恥は掻き捨て」(旅先には知人もいないし、長くとどまるわけでもないので、普段ならしないような恥ずかしい言動も平気でやってしまうものだということ)とのことわざがあります。対義語は「立つ鳥跡を濁さず」。後者を教える教育の重要性を感じることがよくあります。

ナポレオン・ボナパルトの「宗教なき社会は、羅針盤のない船のようなものである」との言葉の重さを、更に感じるこの頃です。

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posted by 横浜市会議員 行田朝仁 (ぎょうた ともひと) at 00:00| 神奈川 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする