2020年10月03日

「完璧」について 5079

昨日、藤が丘駅前での街頭演説の後、市民相談対応。ある国に工場を作り海外へ進出したものの、様々なトラブルにより約20年前に撤退を余儀なくされた案件について、今頃になり蒸し返すように問題噴出。どこにどう相談していいかわからないとのことでご連絡を頂いていました。当時は国内外でコンサルや法律関係者を交えキッチリと処理していたとのことでしたが、隙あらば狙って来る輩もいます。完璧は難しい。

先日、公明新聞コラム「北斗七星」が、「完璧」について記していました。

「ふとした瞬間に、中学校の漢字テストで「かんぺき」を「完壁」と書き、×を付けられた記憶がよみがえった。正しくは「完璧」。当時は字の下方が「土」ではなく「玉」と覚え直しただけだったので、改めて調べてみた。

紀元前3世紀、中国の戦国時代のこと。弱国・趙の恵文王は天下の名玉「和氏の璧」を手に入れる。これを聞いた強大国・秦の昭襄王は「名玉とわが国の15の城を交換したい」との国書を送り付けてきた。

両国の力関係から見れば、秦は名玉を取り上げ、城を明け渡さないのは明らか。しかし、申し出を断れば、戦端を開く口実を与えてしまう。この難局を乗り切るため、国の期待を一身に背負い、名玉を手に秦に向かったのが藺相如である。

命を賭して交渉に臨む相如。勇気の行動と巧みな弁舌によって、秦の王は心を動かされ、最後には折れる。相如は“璧を完う(完全に守る)”するとともに、戦争も起こさずに帰国を果たした(『新十八史略』二巻 河出書房新社)。「完璧」の語源となった逸話である。

未曽有の国難であるコロナ禍では、感染拡大の防止と社会・経済活動の両立が求められている。「大衆とともに」の立党精神を掲げる公明党が、この難しいかじ取りを“完璧”に果たすことで、国民生活の安心を取り戻していきたい。」

この語源は知りませんでした。相如には及びませんが、私も頑張ります。

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posted by 横浜市会議員 行田朝仁 (ぎょうた ともひと) at 00:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする