2020年10月04日

「Go To イート」について 5080

今思えば、6月、7月頃には一部マスコミがボロカスに叩いていた「GoToトラベル」、そして「GoToイート」。今となって、何食わぬ顔で「どこに行くと得か!」「こんな使い方がある!」と手のひらを返したような対応。3か月前も今も、制度が変わったわけではないのですが、、、。「マスコミなんて、そんなもんだ」との言葉をよく耳にしますが、そう思うこともありますが、やはりマズいと思います。

事実を伝える役目のはずが、興味を引ければ何でもいい。どうも金儲けのために損得で判断し、マーケットに群がる傾向が強い。こうした動きは、前向きで明るくなく、後ろ向きで陰湿な印象を受けます。様々な角度から検討し、コロナ禍にあって感染防止と経済活動の両立させ、国民生活を守るために作られた今回の施策。売れるためには手段を択ばない「金の亡者」が主張する「言論の自由」は、自由でなく「放縦」だと思います。「放縦」を放置することは、日本社会がダメになる原因ではないかと思います。

先日、日経新聞コラム「春秋」が、「Go To イート」について記していました。

「英雄伝」を書いた古代ギリシャのプルタルコスは、酒杯を手にしながらの友人たちとの談議もつづっている。「食卓歓談集」(柳沼重剛編訳)という。宴会の料理は最初から一人ずつ取り分けるのがいいか、大皿からめいめいが取るのがいいか、という話が出てくる。

大皿派は、取り分けは一体感がそがれる点を問題視する。加えて、「同じ量の料理を割りふるというのは、一見ごもっとものようだが実ははなはだ不公平」という。小食の人もいれば足りない人もいるからだ。「大勢の病人に正確に同じ量同じ目方の薬を与えたりしては笑止の限り」。薬も例に、全員一律は不合理と説く。

対する取り分け派の主張は、そもそも食事は「分与」と呼ばれ、平等な分配が筋だというものだ。一人で余計に食べる人は、食べるのが遅い人を敵に回す。「みんなの友誼(ゆうぎ)を深めあい仲良くやろう、という宴(うたげ)の開始にはふさわしくあるまい」。国と国も、同盟軍どうしも、平等であればこそ一つに結びあえるのだから――。

コロナ禍の渦中にいる私たちの場合、会食でも感染防止を考えないといけない。おのずと取り分けを選ぶことになろうが、古代ギリシャの昔から、料理の取り方にはいろいろな議論があることを食事の話題にするのも一興だ。飲食代金の補助を受けられる「Go To イート」が始まる。酒杯を重ねすぎず、楽しみたい。」

「トラベル」も「イート」もまだ使ったことはありませんが、家族や友人と使ってみたいなと思います。

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posted by 横浜市会議員 行田朝仁 (ぎょうた ともひと) at 00:00| 神奈川 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする